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ウクライナ出身の安青錦が三度目の優勝 大関に特例で復帰

ウクライナ出身の安青錦が三度目の優勝 大関に特例で復帰

大相撲七月場所で、ウクライナ出身の安青錦が三場所ぶり三度目の優勝を果たし、大関への特例での復帰も決めた。大関から陥落した直後の場所で優勝を成し遂げたのは史上初の快挙となる。千秋楽は熱海富士、霧島との三つどもえの決定戦となり、安青錦は自分より五十キロ以上重い熱海富士を破ったうえで霧島も下し、優勝を手繰り寄せた。史上最速で大関に昇進した安青錦は、三月場所で左足の小指を骨折して土俵人生で初めて負け越し、五月場所前には左足首を痛めて大関から関脇に陥落していた。二千二十二年に戦火のウクライナから避難して来日した二十二歳が、けがを乗り越えて再び頂点に立った。

大相撲七月場所で、ウクライナ出身の力士、安青錦が三場所ぶり三度目の優勝を果たした。それだけにとどまらず、この場所で大関への特例での復帰も決めている。大関から陥落した直後の場所で優勝を成し遂げるのは、大相撲の長い歴史のなかでも例のない史上初の快挙である。取組を終えた安青錦は、けがをして関脇まで落ちるなかで、自分はここで終わってしまうような人間ではないという思いが強かったと、これまでの苦しい日々を振り返った。

千秋楽は、安青錦と熱海富士、そして霧島の三人による三つどもえの優勝決定戦にもつれ込んだ。二番続けて勝った力士が優勝となるなか、安青錦はまず、自分より五十キロ以上も重い熱海富士を得意の左回しから押し込んで下した。休む間もなく土俵に上がると、続いて霧島も破り、一進一退の攻防を制して、三つどもえの争いを勝ち抜いてみせた。

安青錦は去年の十一月場所で、ウクライナ出身の力士として初めて優勝を果たし、史上最速で大関に昇進した実力者である。しかし、綱取りがかかった三月場所で左足の小指を骨折し、土俵人生で初めての負け越しを喫した。順調に番付を駆け上がってきた若い力士にとって、この負け越しは思いがけない大きなつまずきとなった。

さらに五月場所の前には、稽古で左足首を痛めて休場を余儀なくされ、ついに大関から関脇へと陥落した。史上最速での昇進から一転して、安青錦はけがとの厳しい戦いを強いられることになった。頂点をうかがう位置から番付を下げ、そこから再び大関へ返り咲くための道のりは、決して平たんなものではなかった。

けがからの復活を期して臨んだ七月場所でも、中日にあたる八日目に、さらなる試練が待ち受けていた。まだ万全ではない左足首に追い打ちをかけるように、今度は左足の親指を負傷したのである。痛みに顔をゆがめながらも、安青錦は土俵に上がり続け、けっして相撲を投げ出そうとはしなかった。逆境のなかでも前へ出る姿勢を貫いた。

そうした苦しい状況にありながらも、安青錦の相撲は場所の後半になって一段と光を放った。九日目には横綱の大の里を破り、翌日は師匠の安治川親方が土俵下で見守るなか、横綱の豊昇龍を得意の左回しから豪快な上手投げで下した。連日にわたって横綱を撃破する会心の相撲で勝ち星を伸ばし、陥落直後のこの場所で十勝目を挙げて、特例での大関復帰を確実なものとした。痛みに耐えながら十五日間を戦い抜いた二十二歳の力戦だった。

安青錦は二千二十二年、戦火のウクライナから避難し、相撲のために来日した。来日五年目を迎えた二十二歳の若武者にとって、今回の優勝はあくまで通過点に過ぎないという。多くの人に愛されるような歴史を目指してやってきたと話す安青錦は、今後も自分らしく我慢する相撲を取り、再び最高位を目指したいと、前を向いて意気込みを語った。

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