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大阪・西成のあいりん総合センター、建物本体の解体工事が始まる

大阪・西成のあいりん総合センター、建物本体の解体工事が始まる

日雇い労働者の町の拠点施設だった大阪市西成区のあいりん総合センターで、建物本体の解体工事が始まった。二〇一九年に建て替えが決まったが一部の労働者が立ちのきに応じず、大阪府の提訴を経て二〇二四年に立ちのきを命じる判決が確定していた。来年三月末に完了予定。

大阪市西成区にあるあいりん総合センターで、建物本体を解体する本格的な工事が始まった。長く日雇い労働者の町の拠点として親しまれてきた施設が、いよいよ姿を消すことになる。きのうから始まった解体工事は、来年三月末に完了する予定で、街の風景を大きく変える節目となりそうだ。

あいりん総合センターは、西成区に広がる日雇い労働者の町の拠点施設だった。建物の中には職業安定所や市営住宅などが入っており、仕事を求める多くの労働者らにとって、日々の暮らしと労働を支える中心的な場所となっていた。一つの建物に複数の機能が集まることで、この地域に独特の役割を果たしてきた施設である。

このセンターは、単なる公共施設にとどまらず、日雇い労働者の町を象徴する存在でもあった。仕事を探す人々が集まり、住まいや行政の窓口がひとつ屋根の下にそろっていたことは、この街で暮らす人たちにとって大きな意味を持っていた。そうした拠点が解体されることは、地域の歴史にとっても大きな転機といえる。

施設の建て替えが決まったのは二〇一九年のことだった。老朽化などを背景に新たな整備へと方針が定められたが、そこから実際の解体に至るまでには、長い時間と曲折があった。建て替えの決定は、長年にわたって街の中心であり続けたこの施設の、次の段階に向けた出発点となった。

一方で、建て替えに向けた動きはすぐには進まなかった。施設を利用してきた一部の労働者が立ちのきに応じず、退去をめぐって対立が続いたためだ。長くこの場所を頼りにしてきた人々にとって、立ちのきは簡単に受け入れられるものではなく、センターの去就をめぐる難しさを浮き彫りにした。

事態が動いたのは、行政が法的な手続きに踏み切ってからだった。大阪府は施設の明け渡しを求めて大阪地裁に提訴し、二〇二四年には立ちのきを命じる判決が確定した。司法の判断によって退去の枠組みが固まったことで、長く宙づりになっていた解体に向けた道筋が、ようやく整えられた形となった。

こうした経緯を経て、きのう、ついに建物本体の解体工事が始まった。工事は来年三月末の完了を目指して進められる予定で、日雇い労働者の町の拠点として歩んできたあいりん総合センターは、その役割を終えようとしている。長年この街を見守ってきた施設の解体は、西成のこれからを考えるうえでも、ひとつの大きな区切りとなりそうだ。

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