LIVE PROTOCOL
EET--:--:-- edition--.--.--

日本赤軍の岡本公三容疑者が死亡 潜伏先のレバノンで

日本赤軍の岡本公三容疑者が死亡 潜伏先のレバノンで

千九百七十二年にイスラエルのテルアビブの空港で銃の乱射事件を起こした日本赤軍のメンバー、岡本公三容疑者が、潜伏先のレバノンで死亡したことが分かった。関係者によると、死亡が確認されたのは二十三日の午後だという。パレスチナの武装組織PFLPと共闘したこの襲撃では、その場に居合わせた旅行客などおよそ百人が死傷したとされる。

千九百七十二年にイスラエルの空港で銃の乱射事件を起こした日本赤軍のメンバー、岡本公三容疑者が、潜伏先のレバノンで死亡したことが分かった。長年にわたって国際的に指名手配されてきた人物で、関係者によると、死亡が確認されたのは二十三日の午後、本人が自宅として使っていた潜伏先だという。

岡本容疑者は千九百七十二年、パレスチナの武装組織であるPFLPと共闘し、イスラエルのテルアビブにある空港で銃を乱射した。この事件は当時、世界に大きな衝撃を与えたもので、その場に居合わせた人々を無差別に狙った銃撃として、長く記憶されてきた出来事である。

この襲撃では、その場に居合わせた旅行客などおよそ百人が死傷したとされる。多数の犠牲者を出したこの事件は、国境を越えて実行された無差別なテロ事件の一つとして記録され、岡本容疑者の名前は、この事件とともに世界に知られることになった。

岡本容疑者は、千九百七十年代を中心に世界の各地でテロ事件を起こした日本赤軍のメンバーだった。この組織は日本国内から海外へと活動の拠点を移し、各地で武装闘争を繰り広げたことで知られており、岡本容疑者もその一連の活動に加わっていたとされる。

千九百七十二年の空港での襲撃は、三人の実行犯によって行われたが、そのうち生き残ったのは岡本容疑者だけだった。ほかの二人は事件の際に死亡したとされ、生き残った岡本容疑者は、その後、身柄を拘束されることになった。

岡本容疑者はその後、捕虜交換によって釈放された。釈放後はレバノンに渡り、政治亡命者として同国での生活を続けていたという。そして今回、長く身を潜めてきたその潜伏先で、死亡が確認されることになった。

Loading article...