レナウン発表の175周年キャンペーン。キングスウェイの機能美と、人工雨から自然雨へ変わった撮影裏側
ロサンゼルスの晴れやかな光景ではなく、ロンドンの湿った空気、あるいはもっと原始的な雨の匂いを纏った物語を松本潤が体現した。10月12日にレナウンが発表したこの動きは、単なるアンバサダー起用という表面的な枠組みを超えて、ブランドが175年かけて蓄積してきた「時間の重み」を正面から問う試みだ。コンセプトムービーの中で彼が羽織るのは、1930年に誕生したブランドの象徴であるトレンチコート「キングスウェイ」。歴史的な厚みを持つこの一着と、現代の俳優が放つ静かな存在感が衝突するどころか、自然に溶け合う瞬間を捉えた映像は、ファッションビジネスの常套手段とは一線を画すものがある。
撮影当日の出来事が、このキャンペーンの核心を象徴している。演出として意図的に降らせていた人工の雨が、深夜の時間帯に自然の強い雨へと変わったのだという。計算されたセットのなかに、予測不能な自然の力が介入した。この偶然の一致は、アクアスキュータムが175年かけて積み重ねてきた「機能美」の哲学と、偶然にも響き合っている。雨に濡れても壊れない、あるいは雨があることで初めてその真価を显す服。それは、流行を追う快楽ではなく、時間を生き抜くための道具としての服の姿を思い出させてくれる。
ミリタリーから生まれた、消えないシルエット
キングスウェイのルーツは軍服にある。肩のエポーレット、襟を留めるチンフラップ、ベルトのDリング。これらは装飾として後から加えられたものではなく、実戦の必要性から生み出された機能の残骸だ。現代のファッションシーンでは、こうしたディテールはしばしば「レトロ」という言葉で片付けられがちだが、アクアスキュータムの場合は違う。それは過去の様式を博物館に封じ込めるのではなく、着る人の身体に合わせて変化する「生きた機能」であり続けている。
松本潤の姿を見る限り、このコートは彼の年齢やスタイルを制限する枷になっていない。むしろ、羽織るだけで着こなし全体に輪郭を与え、そこに属さない要素を整理してくれる。流行を追いかけるだけでは生まれない強さとは、まさにこの「何もしなくても成立する」安定感のことだろう。175年という歳月を経た今なお、このシルエットが現役であり続ける理由は、そこに無駄がなく、かつ必要十分な情報が詰まっているからにほかならない。

エジプト綿と高密度織りが生む、軽やかな重厚感
デザインだけではない。キングスウェイを支えるのは、ブランド独自のギャバジン「アクアファイブ(AQUA5)」という素材だ。厳選されたエジプト産ギザコットンを100%使用し、高密度に織り上げることで、軽さときめ細かな風合い、そして上品な光沢を両立させている。突然の雨にも対応できる機能性を持ちながら、見た目の美しさを犠牲にしていない点は、現代の機能性ファブリックが抱える「テック感」との対比で見ると興味深い。
素材の選択は、ブランドが何を優先しているかを示している。派手な撥水加工や、目立つロゴではなく、繊維そのものの質で勝負する。これは、着る人の肌に近い距離で存在する服としての誠実さであり、175年の歴史の中で培われた「素材への敬意」の現れでもある。松本潤が雨のなかで静かに佇む姿は、この素材の静かな強さを、言葉ではなく視覚的に伝達している。

受け継ぐことと、更新することの境界線
キャンペーンのコンセプトは「受け継いできたもの。その先にある、新たな美意識。」と掲げられている。この言葉は、単なる伝統の保存ではなく、時代の変化に応じて魅力を再定義する姿勢を示している。175周年という節目は、過去への感謝と同時に、未来への問いかけでもある。アクアスキュータムが受け継いできたものは、過去の様式をそのままコピーすることではなく、長く愛されてきた形や素材を守りながら、着る人や時代の変化に応じて、その魅力を新たに見せていくことだ。
松本潤の起用は、この「更新」の象徴として機能している。彼は服の歴史を説明するナレーターではなく、服が持つ物語を引き受ける人物として映る。声高に何かを主張するのではなく、佇まいや視線、身体の動きによって静かに印象を残していく。この静けさが、175年の歴史という重厚な背景を引き立て、同時に現代の空気を纏わせる。伝統と現代の間に引かれる線は、決して明確な境界ではなく、常に呼吸しているものなのだ。

白馬と車、そして雨。情景が語る物語
映像のなかに登場する要素は、トレンチコート単体ではない。雨、車、橋、そして白馬。これらはいくつもの情景を重なり合わせ、松本潤を取り巻く時間や空気まで写し取ろうとする物語の構成要素だ。白馬が象徴する古典的な気品と、車が示す現代の速度感。橋が示す接続と、雨という自然の侵食。これらが一つのフレームのなかに共存することで、服の存在意義が単なる「着るもの」から「物語の中心」へと昇華される。
この構図は、ファッション撮影の常套手段である「モデルを中央に据える」手法から一歩踏み出している。モデルは情景の一部であり、同時に情景を支配する存在でもある。松本潤の動きは、これらの要素を繋ぐ糸の役割を果たし、観る人に「この服を纏うとは、どのような時間の中にいることか」という問いを投げかける。175年の歴史が、この一瞬の映像のなかに凝縮されている。
175年目の問いかけ
今回のキャンペーンが示すのは、ブランドの過去への敬意と、これからの表現を一つに重ねた姿勢だ。175年という長い歴史を持つブランドが、なぜ今、松本潤を選び、なぜ雨のなかでキングスウェイを纏わせたのか。その答えは、服の機能性やデザインの美しさだけにあるのではない。それは、時間を超えて変わらない「本質」と、時代とともに変化する「表現」の両立にある。
松本潤の起用によって、アクアスキュータムの歴史にどのような新しい物語が加わっていくのか、今後の展開に期待が高まる。それは単なる商品販促ではなく、ブランドが175年かけて築き上げた信頼を、次の時代へ繋ぐための一歩だろう。雨のなかで静かに佇む彼の姿は、この問いかけそのものでもある。受け継ぐとは、何もしないことではなく、何もしなくてもそこに存在する力を信じることであり、それは現代のファッションシーンにおいて、最も希少な美意識かもしれない。
よくある質問

Keep subscribing to 近藤さくらHer next filing reaches you the moment it publishes, on her own subdomain.
Subscribe
