JTBと主要9社の2026年予測データから見える、「非効率」への高単価投資。AIが導く正解を拒む日本人の心理と、多世代旅行という新市場の力学を深掘りする。
JTBが先日出した2026年の訪日旅行市場トレンド予測を読んだ。まず目を引いたのは、AIが瞬時に最適ルートやホテルを計算し、摩擦をゼロにできるはずの時代であるにもかかわらず、主要9社のレポートが一斉に「アナログな時間」への欲求の高まりを指摘している点だ。これは単なる懐古趣味ではない。デジタルがすべてを最適化した結果、人間だけが選び取れる「下手さ」や「迷い」が、かつてないほど高価な体験価値として際立ってしまったことを示している。
トラベルボイスの分析でも、2026年の旅行トレンドにおいて「自分らしい旅」がキーワードとして浮上している。誰かのための旅ではなく、自分自身の感覚や記憶のために時間を消費する行為だ。この変化は、旅行業界にとって脅威であると同時に、最も大きなチャンスでもある。AIは「正解」は出せても、「間違った正解」は出せない。このズレをどう商品化するか、そこが2026年の分岐点になる。
最適化の飽和と、失われた「発見」の快感
小林義道氏がkankokeizai.comで指摘するように、2026年のGW旅行トレンドは「選択的消費の時代」へと移行している。かつては「お得」「混雑を避ける」「人気スポットを制覇する」が消費の軸だったが、今は「自分の興味にだけ反応する」が軸にシフトした。トリップアドバイザーの2025年冬調査でも、旅行者が求めているのは効率ではなく、その土地でしか得られない「予期せぬ体験」だった。
AIチャットボットが「最高の観光スポット5選」をリストアップする世界では、驚きは消滅する。すべてが予測可能だからだ。だからこそ、人間はあえて無計画の時間を買い、地図を見ずに迷い、地元の人の話に耳を傾けることで、自分だけの物語を作る。この「非効率な発見」は、AIには複製できない固有の価値であり、旅行がエンタメから「自我の拡張」へと性質を変えた証拠でもある。

多世代旅行という「高単価」の新市場
やまとごころ.jpが注目する「多世代旅行」は、この流れを体現している。祖父母、親、子供、さらには孫世代までが一緒に移動する形は、単なる家族旅行とは違う。異なる世代の価値観や時間感覚が衝突し、融合する場であり、結果として非常に高単価かつ長期滞在になりやすい。市場規模は拡大傾向にあるが、その背景には「体験の質」に対する意識の高まりがある。
JTBの予測でも、訪日外国人だけでなく、国内の富裕層やコア層が長期滞在を選ぶ傾向が顕著になっている。短期間の駆け回りではなく、一つの場所に留まり、その土地の空気を吸い、人々との会話を楽しみ、自分たちの関係性を再確認する時間だ。これはAIが最適化できる「移動」や「宿泊」ではなく、人間関係の「深掘り」であり、まさにアナログな時間の極致と言える。

AI時代の「アナログ」は、贅沢である
ここで言うアナログとは、技術の未発達な状態を指すのではない。むしろ、技術が高度に発達したからこそ、あえて技術を介在させない「選択」をすることだ。スマートフォンをポケットに入れ、紙の地図を広げ、地元の市場で店主と价交渉し、予期しない道に迷い込む。これらはすべて、現代において「選択的消費」の最前線にある行為だ。
トリップアドバイザーのデータが示すのは、旅行者が「時間を浪費する」ことを恐れないようになったことだ。かつては「時間効率」が美徳だったが、今は「時間密度」が重視されている。同じ1時間でも、AIに導かれて観光スポットを回った1時間と、自分だけで街を歩き回った1時間では、記憶に残る重みが全く違う。この重みこそが、2026年の旅行市場を支える「高単価」の源泉なのだ。

旅行会社への提言:「正解」を提供するのをやめろ
主要9社のレポートから読み取れるのは、旅行会社が「案内人」から「共犯者」へ役割を変える必要があるということだ。AIが完璧なプランを立てられる時代、人間が提供できる価値は「完璧さ」ではなく、「共感」と「物語」である。旅行者の曖昧な要望を聞き取り、それを「あなたらしさ」に落とし込むプロセス自体が、サービスの中核になるべきだ。
JTBや他の大手企業が2026年に向けて準備しているのは、まさにこの方向性だ。個別のニーズに深く寄り添い、その人だけの「非効率」を設計する。これはコストがかかるが、だからこそ差別化が図れ、顧客のロイヤルティも高まる。AI時代に生き残る旅行会社は、最も速く、最も安く提供できる会社ではなく、最も深く、最も個性的に旅をデザインできる会社だ。
結論:「下手な旅」が、最も人間らしい旅になる
2026年の旅行トレンドは、技術の進歩と人間の欲望の逆走によって生まれている。AIがすべてを最適化する中、人間はあえて非効率を選び、アナログな時間を消費し、自分だけの物語を作ろうとしている。これは退行ではなく、進化だ。
「自分らしい旅」は、特別な人だけのものではない。むしろ、AIに振り回されたくないすべての人々の、最も自然な防衛反応だ。JTBや各社のレポートが示すのは、この防衛反応が、すでに市場を動かす大きな力になっているという事実だ。2026年、旅行とは、効率的に場所を変えることではなく、非効率に自分を見つける行為になるだろう。
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