長崎市に原子爆弾が投下されてから八十一年となる九日、長崎市の平和公園で原爆犠牲者慰霊平和祈念式典が開かれた。アメリカやロシア、イスラエルなど核保有国六カ国を含む九十八カ国の代表が参列し、原爆で亡くなった人々を悼んだ。被爆から八十一年を経てもなお、核を巡る世界の状況は緊張が続いている。
式典では、この一年で新たに確認された二千七百七十三人分の原爆死没者名簿が奉安された。これにより、長崎原爆の死没者名簿に記された犠牲者は、あわせて二十万四千七百八人となった。原爆の被害は八十一年を経てもなお、犠牲者の数が積み重なり続けている。
長崎市の鈴木市長は平和宣言で、核抑止力に頼れば頼るほど、核戦争の危険もまた高まる現実を直視すべきだと訴えた。世界各地で核を巡る緊張が続くなか、核による抑止に依存した安全保障のあり方に、被爆地の市長として強い懸念を示した形だ。
鈴木市長は日本政府に対しても注文をつけた。戦争をしないという決意が込められた憲法の平和の理念と、核兵器を持たず、作らず、持ち込ませないとする非核三原則を堅持するよう求めた。そのうえで、核兵器に頼らない安全保障政策への転換を促した。
式典には高市総理大臣も参列し、あいさつを述べた。被爆地の長崎からは、核抑止に頼る安全保障のあり方を見直し、被爆の実態に真正面から向き合うよう求める声が、政府に対して繰り返し上がっている。八十一年の節目でも、その訴えは変わらない。
一方、台湾の駐日大使に相当する台北駐日経済文化代表処の李逸洋代表は、この式典を欠席した。李代表は、台湾代表団の座席が各国の大使らが座る外交団のエリアの外に配置されたとして、これに抗議したと説明した。式典には、代わりに駐福岡弁事処の処長が出席した。
李代表は声明で、長崎市が台湾の主権と地位を傷つけ、台湾は中国の一部だとする中国側の主張に迎合していると批判し、厳正に抗議したと強調した。台湾は昨年からこの式典に参加しており、座席の配置を巡って外交的な波紋が広がる形となった。犠牲者を追悼する式典が、思わぬ形で国際政治の緊張を映し出した。
