「続けるのが難しい」が3割超。マイボイスコム調査と、いわみ眼科の岩見久司理事長が示す「10分だけ」の血糖対策。健康習慣、続けるための現実的解とは。
マイボイスコム株式会社が2026年10月1日から7日にかけて実施した第9回「健康意識」に関する調査で、最も目を引く数字は一つある。「健康維持に関して改善意向があるが、実践できていない理由」を尋ねた問いに対し、回答者の36.1パーセントが「継続するのが難しい」と答えたのだ。次いで「面倒に感じる、やる気がでない」「習慣を変えることが難しい」がそれぞれ3割前後を占めており、日本人の健康行動の最大の敵は知識の欠如でも道具の不足でもなく、その圧倒的に高いハードルだとデータは示している。
この結果は、私たちが日常的に受け取っている「健康になろう」というメッセージの本質的な矛盾を浮き彫りにしている。多くのメディアや専門家は、完璧な食事、長時間の運動、厳格な生活リズムを推奨しがちだが、現実に直面している大多数の人間は、それを「続けられない」という壁の前に立っている。今回の調査結果は、私たち健康ジャーナリストが、より現実的で、人間らしい尺度で健康を語らなければならないという警鐘を鳴らしている。
同時に、同じく11月3日に公開された別の議論、すなわち血糖値管理と運動の関係性について、いわみ眼科の岩見久司理事長が示唆する「10分の散歩」の重要性は、この「継続の難しさ」に対する具体的な解像度を提供してくれる。大きな変化を一度に求めず、生活の流れの中に小さな動きを埋め込むというアプローチは、まさに36.1パーセントの人々が抱える「継続できない」悩みを、科学的な根拠に基づいて解消しようとする試みであり、今回の記事ではこの二つの視点を交錯させながら、現代人の健康習慣の再定義を試みる。
「継続が難しい」が36.1%。健康意識調査が示す現実の壁
マイボイスコムが発表した調査結果の詳細を見ると、健康維持のために実際に実践している事項として「ウォーキング、散歩、ジョギングをする」や「朝食を毎日食べる」が各4割弱と上位にある。一方で、必要だが実践できていない事項としては「筋力トレーニングをする」「甘いものを控える」「十分に睡眠をとる」が2割前後で挙げられている。特に注目すべきは、「甘いものを控える」項目において、女性40代から70代にかけて実践できていない比率が顕著に高くなっている点である。これは、年齢を重ねるにつれて生活の中心が家庭内や日常的な活動に移行する中で、自分自身へのケア、特に嗜好品への自制といった内的なコントロールが、外的な活動よりも困難になる傾向があることを示唆している。
さらに興味深いのは、健康に関する情報源の世代別分布である。45.3パーセントが「テレビ番組・CM」を挙げる一方で、SNSやブログは特に女性10代から30代で比率が高い。この情報の入り口の多様性は、健康に対する関心の高さを裏付けるが、同時に「正しい情報」を篩に掛ける能力の差が、行動の成否を左右する一因となっている可能性も否定できない。情報が溢れている時代だからこそ、どの情報を「今日から実行する」ためのトリガーに変えられるかが、継続力の差を生む分岐点になっているのだろう。
調査結果では、健康維持のために改善したいこととして「運動不足」が39.4パーセントと最も多く、次いで「睡眠の量や質」が30.9パーセントを占めている。しかし、その改善の妨げとなっているのが前述の「継続の難しさ」である。男性10代から30代、女性10代から40代では「面倒に感じる、やる気がでない」が1位となっている。これは、若年層ほど健康への危機感よりも、そのためのコスト、すなわち時間や精神的な負荷を重視し、それが行動の阻害因子として強く作用していることを意味する。健康は「努力」で手に入るものではなく、環境や仕組みで「得られる」ものであるという認識の転換が、この統計が私たちに求めていることかもしれない。

血糖値対策、激しい運動より「10分の散歩」が効く理由
血糖値が高いと指摘され、運動を始めようとする人々にとって、いわみ眼科の岩見久司理事長が語る「食後10分の散歩」の重要性は、まさに救いの手となる。岩見氏によると、2型糖尿病の成人41人を対象とした試験において、「1日30分歩く」よう勧める方法と、「朝・昼・夕の食事後に10分ずつ歩く」よう勧める方法を比較した結果、後者の方が食後3時間の血糖上昇を評価する指標が低くなる傾向が見られたという。特に夕食後の歩行においてその差が顕著であった。これは、まとまった時間を確保するのではなく、生活の合間に短い活動を取り入れることで、体内の血糖値の変動をより滑らかに制御できることを示唆している。
日本糖尿病学会も、長時間座り続けず、30分を超える座位を中断して歩行などの軽い身体活動を挟むことを勧めている。いわば「座りっぱなし」を断ち切るための、微細な介入である。仕事の合間に少し歩く、テレビを見続けず家の中を歩いて用事を済ませる、といった行動は、運動という意識を必要としない。岩見氏は、「まとまった運動ができないから、今日は何もしない」という二択に陥らないよう指摘している。この視点の転換が、多くの人が抱える「健康習慣の継続」における最大の障壁、すなわち「面倒くさい」「大変そうだ」という事前の心理的抵抗を、劇的に低減させる鍵となる。
ただし、この「10分の散歩」が万能であるとは岩見氏は断じていない。これは、網膜症や失明を防ぐことを直接証明した研究ではなく、主に短期間の血糖値への効果を調べたものである。それでも、長い運動時間を確保することだけにこだわらず、生活の中に歩く機会を組み込むという参考にはなる。まずは続けられる場面を一つ見つけ、体調に合わせて活動を増やしていく、という段階的なアプローチこそが、36.1パーセントの人々が「継続できない」と嘆く理由を、構造的に解体していくための実用的な戦略なのである。

眼科医が警告する「激しい運動」の隠れたリスク
一方で、血糖値を下げるために無闇に激しい運動、特に息を止めて強く力む筋力トレーニングを行うことには、重大なリスクが伴う。岩見氏は、糖尿病の合併症の一つである「糖尿病網膜症」が進むと、目の奥に出血しやすい異常な血管が生えることを指摘している。このような状態では、激しい運動や筋力トレーニングが、目の中の出血や網膜剥離につながる恐れがあるため、運動内容を調整する必要があるという。日本の糖尿病診療ガイドラインでも、激しい運動療法の前には眼科で網膜症の状態を確認するよう説明されている。
ここでの重要な点は、「糖尿病の人は運動してはいけない」という意味ではない、という岩見氏の強調である。目の状態が安定している方まで、日常の軽い散歩を一律に控えるよう勧めるものでもない。しかし、糖尿病があるのに眼科を受診していない、あるいは受診が途切れている人は、本格的な運動を始める機会に、目の状態も確認してほしいという。これは、運動を止めるための検査ではなく、安全に続けるための検査である。多くの人が「よく見えているから大丈夫」と思い込んでいるが、網膜の変化は初めのうちは自覚症状がないことが多い。視力検査と眼底検査は別であり、内科の血液検査だけでは網膜の異常は分からない。
この警告は、健康ジャーナリズムがしばしば見落とす「個別化」の重要性を提醒している。画一的な「健康法」は、ある人にとっては有効だが、別の、特に合併症を抱える人にとっては危険となり得る。血糖値管理という共通の目標のもとでも、その到達点は個人の身体状態によって大きく異なる。岩見氏は、治療中の人がインスリンや一部の糖尿病薬を使っている場合、運動中だけでなく運動後にも血糖が下がり過ぎる低血糖に注意するよう促している。薬の量を自己判断で変えるのは避け、主治医と相談することが不可欠である。この「個人差」への配慮こそが、持続可能な健康習慣を構築するための、最も誠実な態度である。

呼吸力低下と内臓ポンプ。見落としがちな全身の不調
健康習慣の継続が難しい背景には、現代人の生活習慣がもたらす、より根深い生理的な変化も存在する。フィジカルトレーナーの中野ジェームズ修一氏は、スマホ首や猫背などの影響で呼吸が浅くなると、体にさまざまな不調が起きると指摘する。呼吸の力が弱まると、「内臓ポンプ」の動きが低下し、疲労感や冷え、便秘、むくみなどにつながる可能性があるという。人間の体には、ふくらはぎの筋肉が血液を心臓へ送り返す「ミルキングアクション」があるように、横隔膜や肋間筋などの呼吸筋にも、上肢や体幹の循環を促すポンプ作用が備わっている。
呼吸の力が弱いということは、呼吸筋の働きが衰えていることであり、内臓ポンプの働きが弱くなっている可能性が高い。すると血液の循環が悪くなり、全身に不調が現れる。中野氏によれば、私たちの胴体は横隔膜を境にして、肋骨に守られた胸郭と、骨のない腹腔に分かれている。腹腔の空間を支え、内臓を正しい位置にとどめているのは、筋肉の壁でできたカゴである「インナーユニット」だ。このインナーユニットの機能低下は、単なる姿勢の問題ではなく、全身の代謝や血流、さらには精神状態まで左右する。
この視点から見ると、「10分の散歩」や「浅い呼吸」の改善は、単なる有酸素運動やストレッチ以上の意味を持つ。それは、体の深層にある循環システムを再活性化し、内臓の健康を支える基盤を修復する行為なのである。マイボイスコムの調査で「精神的ストレス」が改善したい項目として2割弱を占め、女性10代から40代で特に比率が高いという結果は、この生理的な不調と精神的な負担が密接に関連していることを示唆している。呼吸を深くし、体を動かすことで、内臓ポンプを活性化させ、それによって自律神経のバランスを整える。これは、健康習慣の「継続」を、単なる意志の問題ではなく、体の仕組みの問題として捉え直すための、重要な視点である。
「続ける」ための設計思想。健康ジャーナリストの視点
マイボイスコムの調査結果と、岩見氏や中野氏の専門的な知見を突き合わせると、現代人の健康習慣が直面している根本的な課題が見えてくる。それは、健康を「何か特別なことをすること」と捉えるのではなく、「日常の設計」の問題として捉え直す必要があるということだ。36.1パーセントの人々が「継続が難しい」と答えるのは、彼らが怠けているからではない。むしろ、彼らが直面している健康の理想像が、現実の生活リズムや体力、心理的負荷から乖離しすぎているからである。
「10分の散歩」は、この乖離を埋めるための、最も現実的な設計思想の一例である。それは、完璧を求めることではなく、不完璧な日常の中に、健康のための小さな隙間を作る行為である。いわば、健康を「獲得」するのではなく、「維持」する、あるいは「崩壊を防ぐ」ための、消極的だが極めて有効な戦略である。岩見氏が指摘するように、これは網膜症を防ぐ直接的な治療法ではない。しかし、それは血糖値の急激な上昇を緩やかにし、生活の中で体を動かす習慣を、苦痛ではなく、自然な流れの中に組み込むための、優しい介入である。
私たちは、健康ジャーナリストとして、読者に「頑張れ」と伝えるのではなく、「どうすれば頑張らなくても続くのか」を伝えるべきである。マイボイスコムの調査が示す「継続の難しさ」は、個人の意志力の欠如ではなく、社会や環境、そして我々メディアが提示している健康の定義そのものが、現代人の生活実態から乖離していることの証左である。今こそ、私たちは、完璧な健康像ではなく、持続可能な、そして人間らしい健康のあり方を、一人ひとりの生活の文脈の中で再定義する必要がある。10分の散歩が、その再定義の第一歩となるかもしれない。それは、大きな変化ではなく、小さな継続である。そして、その小さな継続が、最終的には、私たちの健康を、最も堅牢な形で支えるのである。
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