お寺の境内や道ばたにひっそりと並ぶ、苔むした石の羅漢たち。厳しい修行を経た聖者を映すその石仏は、一体ごとに表情が異なり、自分に似た顔に出会えるとも言われます。五百羅漢の意味から川越喜多院や愛宕念仏寺の名所まで、庶民の祈りとともに歩んだ石仏の世界を静かにたどります。
お寺の境内や、ふと通りかかった道ばたの片隅に、苔むした古い石の像がひっそりと並んでいるのを見かけたことはないでしょうか。長い年月の風雨に洗われ、表情もさまざまなその石仏たちは羅漢と呼ばれ、遠い昔から人々の暮らしをそっと見守り続けてきた、なんとも静かで奥ゆかしい存在なのです。
私はふだん、商店街のシャッターが下りていく音を、店主たちの言葉とともにひとつひとつ書き留めていますが、こうした石の羅漢を前にして立ち止まると、名もなき人々の祈りが幾世代もの時代を超えて静かに積み重なってきた重みを、なんとも言えずしみじみと感じてしまうのです。
羅漢とはだれか
そもそも羅漢とは、正しくは阿羅漢といい、仏教において厳しくつらい修行の末に、あらゆる煩悩を滅し、真実の智慧を得たとされる聖者のことを指します。もはや迷いを完全に離れ、人々から供養を受けるにふさわしいとされた、いわば悟りの境地に至った修行者たちの姿を写したものなのです。
なかでもとりわけよく知られるのが、五百羅漢です。これは釈迦に付き従った五百人の弟子、あるいは釈迦の入滅の後、その尊い教えを書き残すために第一回の結集に集まった五百人の弟子たちを指すと伝えられ、仏教という大きな流れの礎を築いた人々ともいえる、たいへん尊い存在なのです。
一体ごとに違う表情

羅漢像の何よりの魅力は、なんといっても一体ごとに驚くほど表情が違っていることにあります。大きく口を開けて豪快に笑うもの、腕を組んで深く考え込むもの、うとうとと気持ちよさそうに居眠りをするもの。端正に整えられた仏像とは異なり、そこには生き生きとした人間味が実に豊かにあふれています。
そのためでしょうか、五百体もの数多い羅漢の中には、きっと自分によく似た顔や、亡くなった大切な人によく似た顔が一つは見つかる、と昔からしばしば言い伝えられてきました。訪れた人が思わず一体ずつ丁寧にのぞき込んでしまうのも、なるほどとうなずける、ほほえましい話だと思います。
苔むした石の聖者たち
羅漢の姿は、肉がそげ落ち、粗末な衣をまとってはいるものの、どこか超然とした独特の風格をたたえていると言われます。まるで人里を遠く離れた仙境にひとり遊ぶかのようなその静かな佇まいは、見る者の心に、俗世の喧騒を離れた深い静けさを、そっと呼び起こしてくれるのです。
野外にそっと置かれた石の羅漢たちは、長い長い歳月のあいだ雨風に絶えずさらされ、いつしか全身をやわらかな緑の苔にすっぽりと覆われていきます。まわりの木々の緑や岩肌とやさしく溶け合い、まるで自然そのものの一部になったかのように鎮座するその姿には、なんとも言えぬ趣が漂っています。
日本各地の羅漢たち
日本各地には、この五百羅漢で名高い由緒あるお寺がいくつもあります。とりわけ埼玉県川越市の喜多院や、東京都目黒にある羅漢寺は、数多くの羅漢像がずらりと居並ぶ光景で広く知られ、古い時代から実に多くの参拝者の心を惹きつけ、長く大切に親しまれ続けてきました。
さらに京都府の愛宕念仏寺には、なんと千二百体にもおよぶ膨大な数の羅漢像が、ところ狭しとひしめき合っています。江戸時代には、この五百羅漢への信仰が庶民のあいだで大いに広まり、日本各地でこうした羅漢像が数多く造られ、大切にまつられていったと伝えられているのです。
庶民が刻んだ祈り
たいへん興味深いのは、これらの羅漢像の多くが、名のある熟練の仏師だけの手によるものではなく、ごくごく普通の人々の手や、その真心のこもった寄進によって生み出されてきたことです。愛宕念仏寺の羅漢の多くも、一般の参拝者みずからがのみを握り、こつこつと彫り上げたものだと言われています。
堂々とそびえ立つ大仏が、はるか遠い高みから人々を静かに見下ろすのに対して、羅漢たちはもっとずっと近く、まるで気のおけない隣人のように、私たちのすぐそばに親しげに腰を下ろしています。その距離の近さこそが、庶民の素朴な祈りとともに歩んできた羅漢像の、何よりの魅力なのでしょう。
石が語りかけてくるもの
シャッターの下りた寂しい商店街の一角にも、こうした古い石仏がぽつんと佇んでいることがあります。私はそのたびに、めまぐるしく移り変わっていく街の姿を、何百年ものあいだただ黙って見つめ続けてきたであろう、その静かでやさしい眼差しに、思わずはっと足を止めてしまうのです。
もし道ばたやお寺の境内で、苔むした羅漢にふと出会うことがあったら、ぜひ一体ずつ、その顔をゆっくりとのぞき込んでみてください。ひょっとすると、どこかで会ったことがあるような、懐かしい誰かの面影に、思いがけず出会えるかもしれません。それこそが羅漢めぐりの、何よりも静かな楽しみなのです。

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