抹茶の世界的な需要が急増する一方、原料の碾茶が足りない。価格は高騰し、偽物も出回る。史上初とされる品薄の背景と、本物を選ぶための視点を整理する。
いま、日本の食文化を静かに支えてきた一杯が、手に入りにくくなっている。世界的な人気を集める抹茶である。街の茶舗では品切れの札が並び、一人あたりの購入数を制限する店も少なくない。日本茶の専門団体は、いまの状況を史上初めての抹茶の品薄だと表現し、その始まりを2024年の秋にさかのぼるとしている。
品薄の中心にあるのは、抹茶の原料となる碾茶の不足である。碾茶は、収穫の前に日光をさえぎって育てた特別な茶葉で、これを石臼などで丁寧にひいて、はじめてあの鮮やかな緑の粉になる。つまり碾茶が足りなければ、どれほど需要があっても、抹茶そのものを十分に作ることはできないという構図になっている。
世界が抹茶に恋をした
品薄を招いた最も大きな要因は、世界的な需要の爆発的な伸びである。ある推計では、抹茶に対する世界の需要は、この5年ほどでおよそ8倍にまで膨らんだとされる。健康志向の高まりや海外市場の拡大に加え、ペットボトル飲料や加工食品に安定した原料を求める大手メーカーの存在が、その勢いをさらに後押ししている。
数字の面でも、その熱狂ははっきりと表れている。飲み物の分野では、この一年で抹茶への関心がおよそ21%高まった一方、いわゆる普通の緑茶への関心は35%ほど落ち込んだという。同じ茶の葉から生まれる飲み物のあいだで、人々の好みが抹茶へと大きく傾いていることが読み取れる変化である。
畑はすぐには増えない

需要がこれほど急に伸びても、供給がそのままの速さで追いつくわけではない。茶の木は、植えてから十分に収穫できるようになるまでに、およそ5年という歳月を必要とする。新たに茶畑を開き、抹茶に使える等級の茶葉が採れるようになるまでには、5年から7年ほどかかるとも言われており、時間の壁はあまりにも高い。
さらに、普通の茶畑を碾茶用に切り替えるには、日光をさえぎるための覆いの設備や、これまでとは異なる剪定、そして摘み取りや加工の手間が新たに必要になる。価格が上がって割に合うようになったとしても、生産の能力そのものは、需要の急な伸びに比べれば、ゆっくりとしか大きくならないのである。
日本の茶づくりを担う人々の高齢化も、静かに影を落としている。後継者が見つからないまま生産者が引退し、そのまま使われなくなっていく茶畑も少なくないという。土台となる担い手が細っていけば、世界的な需要の波に合わせて生産を一気に増やすことは、いっそう難しくなっていくばかりである。
気候という不確かな要素
品薄には、天候という抗いがたい要素も重なった。碾茶の質を大きく左右する春の覆いの時期に、2024年、京都府や愛知県といった主要な産地を記録的な高温が襲い、碾茶の品質に打撃を与えたと伝えられている。丹精込めて育てても、たった一度の異常な暑さが、その年の出来を大きく揺るがしてしまうのだ。
こうした需要と供給の食い違いは、そのまま価格に跳ね返っている。碾茶の2026年の取引価格は、一キログラムあたり1万843円ほどに達し、これは前の年のおよそ2倍にあたる水準だという。原料の高騰は、そのまま私たちが手に取る製品の値段へと、静かに、しかし確実に転嫁されていくことになる。
家庭の食卓に届く波紋
その波紋は、消費者のすぐそばにまで届いている。ふだんなら40グラムで1500円ほどの抹茶の缶が、6500円を超える値をつける例も出ており、これは実に4倍を上回る跳ね上がりである。東京の茶舗では、2026年の初めになっても、一人一缶までという購入制限が続いていたと伝えられている。
値上がりと品薄は、思わぬ副作用も生んでいる。本来の碾茶ではなく、煎茶を粉にしたものを抹茶と称して売る、いわば偽物の抹茶が出回るおそれが指摘されているのだ。見た目や名前だけでは区別がつきにくく、消費者にとっては、何を選ぶべきかが、これまで以上に難しい問いになっている。
本物を選ぶための視点
では、この状況の中で、どうすれば本物に近づけるのだろうか。一つの手がかりは、産地や等級、そして原料がきちんと碾茶であることが、ラベルに明記されているかどうかである。極端に安い価格や、あいまいな表示に出会ったときには、いったん立ち止まって目を向ける、そんな慎重さがあってもよいだろう。
もう一つ大切なのは、抹茶という一杯の重みを、あらためて思い返すことかもしれない。手間のかかる栽培と、限られた原料、そして長い年月に支えられて、ようやく一杯が生まれる。その背景を知れば、値段の意味も、静かに点てられた一服の味わいも、また少し違って感じられるはずである。
世界が抹茶に夢中になったことは、日本の食文化にとって、本来は誇らしい出来事でもある。しかし、その人気を本当に支え続けるためには、畑と担い手という足元を、時間をかけて育て直していくほかない。私たちがどんな一杯を選ぶのかもまた、その未来を静かに形づくる、小さな一歩になっていくのだろう。

Keep subscribing to 佐藤美咲Her next filing reaches you the moment it publishes, on her own subdomain.
Subscribe
