祭りや祝いの席に欠かせない日本の酒が、世界の宝として認められました。その中心にあるのは、目に見えないほど小さな麹という存在です。
祭りの夜のにぎわいや、祝いの席のあらたまった空気の中で、いつも静かに寄り添ってきた一杯の酒。日本の暮らしに古くから溶け込んできたその日本酒の造り方が、このほど世界じゅうの人々が守るべき大切な宝として、あらためて高く認められることになりました。私たちが当たり前のように口にしてきたものが、実は途方もない価値を秘めていたのです。
国際連合の専門機関であるユネスコが、二〇二四年の暮れに、麹菌を用いた日本の伝統的な酒造りの知識と技を、人類の無形文化遺産の一覧へと正式に登録したのです。これは日本にとって二十三番目となる登録であり、長い歳月をかけて職人たちが受け継いできた見えない技術が、はっきりと形あるものとして世界に称えられた瞬間でした。
世界が認めた日本の酒造り
今回評価されたのは、特定の銘柄や一本の酒そのものではなく、それを生み出す背後にある知識と技のすべてでした。米や水、そして目に見えない微生物の力を巧みに操りながら、幾週間もかけてゆっくりと発酵を進めていく。その繊細で奥深い手わざの積み重ねこそが、人類共通の財産にふさわしいと判断されたのです。
この登録は、単に一つの飲み物が褒められたということにとどまりません。日本各地の風土や気候と深く結びつきながら、地域ごとに少しずつ異なる個性を育んできた酒造りの文化そのものが、国境を越えて広く知られるきっかけとなりました。つくり手たちの誇りと、それを支えてきた土地の人々の営みが、あらためて光を浴びたのです。
「麹」という小さな立役者

この伝統的な酒造りの物語で、いちばんの主役ともいえるのが麹という存在です。麹とは、蒸した米などに麹菌という微生物を繁殖させたもので、原料に含まれるでんぷんを、酒のもとになる甘い糖へと少しずつ変えていく、いわば縁の下の力持ちのような大切な役割を静かに担っているのです。
職人たちは、この目に見えないほど小さな菌が最も心地よく育つように、蔵のなかの温度や湿度をこまやかに調整しながら、昼夜を問わず、まるで我が子を見守るように寄り添い続けます。ほんのわずかな環境の違いが仕上がりの味わいを大きく左右してしまうため、そこには長年の経験に裏打ちされた鋭い勘と、たゆまぬ手間とが、惜しみなく注ぎ込まれているのです。
五百年の時が磨いた技
麹菌を巧みに使いこなすこの手法は、決して最近になって生まれたものではありません。その原型は五百年以上も昔にすでに確立されていたと伝えられており、気の遠くなるような長い歳月をかけて、無数のつくり手たちの試行錯誤によって少しずつ磨き上げられ、今日の完成された姿へとたどり着いたのです。
そしてこの知恵は、日本酒だけにとどまりませんでした。麹を軸としたこの造りの技術は、やがて焼酎や泡盛、料理に欠かせないみりんなど、この国のさまざまな飲み物や調味料へと枝分かれし、豊かに広がっていきました。一つの技が、食文化全体を静かに支える大きな土台となっていったのです。
暮らしに寄り添う一杯
日本において、酒はただ楽しむためだけの飲み物では決してありませんでした。古くから神々からの尊い授かり物とみなされ、神聖なものとして大切に扱われてきた歴史があります。そのため、季節ごとの祭りや結婚の儀式、人生の節目を彩るさまざまな行事において、酒は欠かすことのできない特別な役割を果たしてきたのです。
人と人とが集い、喜びを分かち合い、時には別れを惜しむ。そうした人生の大切な場面のかたわらには、いつも一杯の酒がそっと置かれてきました。つまり日本酒とは、単なる嗜好品を超えて、この国の人々の心のつながりや、季節のうつろいそのものを映し出してきた、文化の器のような存在だといえるのでしょう。
受け継ぐための静かな戦い
しかし、その輝かしい称号の裏側で、この貴重な文化はいま静かな危機にも直面しています。人々の暮らしの様式が大きく移り変わり、造り手の高齢化も着実に進んでいくなかで、昔ながらの伝統的な手法で丹念に酒を醸す職人の数は、残念ながら年を追うごとに少しずつ減り続けているというのが、目をそむけることのできない、いつわらざる現実なのです。
美しい自然環境を守り、良質な原料を地域のなかで安定して確保していくことも、次の世代へこの技をつないでいくうえで大きな課題となっています。世界からの称賛を一時の誇りで終わらせず、いかにして生きた文化として未来へ手渡していくのか。私たち一人ひとりに、その静かな問いが投げかけられているのです。

Keep subscribing to 佐藤美咲Her next filing reaches you the moment it publishes, on her own subdomain.
Subscribe
