日銀短観の業況判断指数は1991年以来の高い水準となり、企業心理の強さが鮮明になった。一方で円高と利上げが新たな論点として浮かぶ。その全体像を整理する。
日本の企業心理が、平成のはじめ以来の高さにまで届いている。日銀がまとめた企業短期経済観測調査、いわゆる短観では、景気の現状を示す業況判断指数が18となり、今年の第1四半期と並んで、実に1991年以来の高い水準に達した。長く停滞やデフレという言葉とともに語られてきた日本経済にとって、この数字は派手さこそないものの、確かな手応えを感じさせる静かな節目だといえる。
高い数字の背景には、輸出企業を中心とした企業収益の着実な改善がある。とりわけ製造業の勢いは強く、大企業製造業の業況判断指数は前回の17から22へと上がり、これで5四半期連続の改善となった。景気回復の実感が、ごく一部の大企業だけのものにとどまらず、関連する取引先や生産の現場へと少しずつ広がりつつあることをうかがわせる内容である。
サービス業まで届いた明るさ
明るさは、製造業だけにとどまっているわけではない。国内の需要と深く結びつく大企業の非製造業の指数はプラス37まで上昇し、こちらもまた製造業と同じく1991年以来の高い水準を記録した。旅行や外食、小売りといった分野で人の動きと消費が戻り、サービスを担う企業の現場でも、確かな手応えが強まっていることが、数字の上にはっきりと表れている。
つまり今回の短観は、輸出という一本の柱だけに頼るのではなく、ものづくりの製造業と、暮らしに近いサービス業という二つの側面から、景況感が同時に支えられていることを映し出している。景気を支える裾野が広がれば広がるほど、その回復は一過性の追い風だけで終わりにくくなり、腰の据わった持続的なものへと少しずつ近づいていく。
円安がもたらしてきた追い風

ここまで企業の心理を力強く押し上げてきた大きな要因の一つが、長く続いてきた円安である。円の価値が下がると、企業が海外で稼いだ売上を円に換算したときの金額は、それだけふくらむことになる。自動車や機械など輸出を柱とする日本の大企業にとって、円安は決算の数字を分かりやすく彩ってくれる、目に見える追い風であり続けてきた。
しかし、その追い風は、いつまでも同じ強さで同じ方向に吹き続けてくれるわけではない。為替相場はまるで生き物のように日々動き、企業がこれまで当然の前提としてきた水準は、ある日を境に足元から静かに書き換えられてしまうことがある。そして今まさに、その前提そのものが揺らぐ局面が、静かに、しかし確実に訪れつつあるのだ。
円高への急な振れ
9月14日、円は対ドルで一時152円台まで急速に値を戻し、市場に緊張が走った。長く続いてきた円安の流れがひとまず巻き戻された形で、輸出企業にとっては、これまで組み立ててきた収益の前提がにわかに揺らぐ動きとなった。円高は、原材料やエネルギーなど輸入の負担を軽くする一方で、海外で稼いだ利益を円に直したときの金額を目減りさせるという、相反する二つの顔を併せ持っている。
さらに9月19日には、日銀が市場参加者に対して、為替の水準について問い合わせを行ったと伝えられた。こうした当局による確認は、相場の急な振れに神経をとがらせていることの表れとされ、時に市場では、為替介入をにらんだ動きの前触れとして受け止められることもある。次の一手を占ううえで、投資家が神経質に見つめる重要な材料となっている。
利上げという転換
為替の動きと並んで、日本の金融政策もまた、新しい局面へと足を踏み入れた。日銀は9月18日に利上げに踏み切り、これまで長く続けてきた緩和的な姿勢を、さらに一段と巻き戻した。公表された声明はやや引き締めの方向に傾いた一方で、審議委員のうち2人が慎重な立場から反対に回り、この先の一手をめぐる政策の評価は、なお割れているのが実情である。
そもそも利上げは、行き過ぎた物価の上昇に歯止めをかけようとする動きである。ただし金利の引き上げは、企業の新たな借り入れや、家計が抱える住宅ローンの返済負担を重くするという側面も同時に併せ持っている。景況感の強さと、政策の引き締めという相反する力が同時に働く今は、当局にも企業にも、これまで以上に丁寧で慎重な舵取りが求められる時期だといえる。
賃金と物価のいま
企業の景況感だけでなく、家計の側にも明るい材料が見え始めている。物価の影響を差し引いた実質賃金は、7月に前年と比べて2.4%上がり、2021年5月以来となる大きな伸びを記録した。働く人の手取りが、物価の上昇を上回って実質的に増えていくことは、個人消費を下から静かに支え、経済の好循環を後押しする力になり得る、重要な変化である。
物価そのものの勢いも、ここへ来て少しずつ和らぎを見せている。生鮮食品を除いた消費者物価指数は、8月に前年から1.7%の上昇となり、7月の1.8%からわずかに伸びが鈍った。家計の重荷となってきた急な値上がりの波が、ようやく峠を越え、落ち着きを取り戻し始めていることを示す、ささやかではあるが前向きな兆しだといえる。
この先を読むために
いま日本経済が立っているのは、力強さと不確かさとが同居する、複雑な場所である。企業の景況感は30年を超える高さにあり、賃金は実質で増え、物価は少しずつ落ち着きへと向かいつつある。その土台は、長く語られてきた停滞の時代と比べれば、誰の目にも明らかなほどに厚みを増し、より確かなものへと着実に変わってきているのは間違いない。
それでもなお、円高への急な振れと、日銀の利上げという二つの新しい変数が、これまで景気を支えてきた追い風の前提を、静かに、そして根本から問い直している。過去最高に近い数字にただ安心してしまうのではなく、刻々と変わりゆく条件をどれだけ冷静に読み解けるか。企業にとっても家計にとっても、その構えこそが、これからの明暗を分ける分かれ目になっていくだろう。

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