高千穂のローカルDMC「訪う」が、OTAやSNSを排除し富裕層向けに設計する事業モデル。文化保有者を供給源とする構造と、観光による文化継承の資金循環について記述する。
宮崎県高千穂町で800年以上続く神事芸能「夜神楽」の保存会で、女性が初めて門戸を叩いた。このニュースは、日本の観光業界にとって静かだが決定的な転換点を示している。株式会社訪う(おとなう)の代表、日髙葵氏は、ラオスでのエコツーリズム経験を経て2017年に同社を設立し、2020年のコロナ禍を契機に高千穂へ本社を移転した。彼女が掲げるのは「地域側に利がなければビジネスはやらない」という、現地経営者から受け継いだ信念だ。
年間170万人を超える観光客が押し寄せる高千穂では、名所のボート予約が取れないほどの混雑が常態化している。知名度や集客自体がもはや課題ではない今、問われているのは、いかにして地域の文化や暮らしを体感する機会を創出し、それを価値へと転換できる市場を模索するかという点だ。日髙氏は、他地域との価格競争に陥るのではなく、その土地固有の文化や背景に根差した、容易には模倣できない体験価値を磨くことが、持続的な地域経済の循環につながると主張する。
OTAとSNSからの撤退、富裕層へのテーラーメイド
株式会社訪うの事業モデルで最も特筆すべきは、オンライン旅行会社(OTA)への掲載やSNS発信、インフルエンサーの起用を一切行わず、集客・販売を完全なオフラインかつ海外エージェント等とのBtoB(企業間取引)で展開している点だ。顧客ターゲットは、精神性や文化的体験に価値を見出し、「本物」や「唯一無二」を求める欧米の富裕層が中心となっている。
価格帯は宿泊費を除き1日1人あたり10万円からと高額に設定されているが、これは単なる値上げではない。1〜8名の少人数制でゲストの志向に寄り添うテーラーメイド型の体験を提供することで、量ではなく質で勝負する戦略が明確だ。人口約1万人の高千穂町の中でも、観光地化されていない山奥の集落を舞台とするこのアプローチは、マスツーリズムとは一線を画すものとなっている。
大手の第一種旅行会社が長期的に減少する一方で、地域限定や旅行サービス手配業といった地域密着型の事業者が増加傾向にあるという業界の動向も、この潮流を裏付けている。高千穂を含めた観光地側でも、観光という営みに対する視座の変化が見て取れており、有名になることからの脱却が、持続可能な選択として定着しつつある。

文化保有者を「源流」とする新たなサプライチェーン
日髙氏は、地域住民や神職などの文化保有者を、従来のサプライチェーンの下層にある「下請け」ではなく、価値が生まれる「源流」として位置づけている。全国型のランドオペレーター及び海外エージェントと信頼関係を築きつつ、地域の体験設計や品質管理を自らが担うことで、地域側が主導して適切な単価を決める仕組みを構築している。
この構造は、ユネスコ世界遺産委員会の諮問機関であるイコモス(ICOMOS)の国際憲章にも通じる理念に基づいている。文化遺産の特性や価値に十分配慮した解説、地域コミュニティの権利、インタープリテーション(地域資源に対する解説・解釈活動)、気候や持続可能性への配慮が原則とされているからだ。ローカルDMCを中心とする新たなサプライチェーンの手本となり得るこの仕組みは、文化の中核を担う地域コミュニティの強靭性(レジリエンス)にも大いに貢献している。

翻訳としての高付加価値化、次世代への投資
地域文化を高付加価値な体験として届ける上で不可欠なのが、質の高いインタープリテーションだ。情報や知識を伝えるだけではなく、地域住民の思いや文化的背景までくみ取り、旅行者に伝わる形へと「翻訳」することが、ローカルDMCの真の役目と言える。高付加価値化とは、単に価格を引き上げることではない。
文化を守り、次世代へ継承するために必要な原資を確保し、その価値を理解する旅行者へ届けること。そのための「投資」として価格を捉える視点が重要になる。一過性の補助金に頼るのではなく、ビジネスとして地域文化に向き合う覚悟が、地域の結束を強め、住民の誇りを醸成することにつながる。
このアプローチは、観光が単なる集客や経済成長の手段ではなく、地域・社会・自然との関係性を再構築するための手段として捉えられていることを示している。文化に関わるための手段としてのツーリズムを追求する日髙氏の事業は、日本の観光地経営にとっての示唆や、持続可能な事業として展開するための考え方を、具体的な形でご覧させてくれている。

消費を防ぎ、未来へつなぐためのデザイン
本セッションを通じて最も印象的だったのは、「地域文化は商品ではない」という日髙氏の力強いメッセージだ。観光は、ともすれば地域文化を一方的に消費する仕組みにもなり得る。しかし、地域との信頼関係を築き、その価値を理解する市場を選び、旅行者の入り方まで丁寧に設計することで、文化を次世代へ継承するための循環を生み出すこともできる。
高千穂の夜神楽は、女人禁制だった伝統的な行事でありながら、ローカルDMCの介入によって保存会の門戸が開かれ、女性初の会員が誕生した。これは、観光が文化を破壊するのではなく、文化を再発見し、その価値を可視化する力を持ち得ることを示している。
来年以降、同様のアプローチが他の地域にも波及していくだろう。OTAに頼らない集客、富裕層へのテーラーメイド、文化保有者の源流としての位置づけ。これらは高千穂だけの話ではなく、日本の観光が直面する持続可能性の課題に対する、一つの明確な答え出しだ。
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