AkamaiのTom Leighton氏による「Human in the loop」終焉の宣言を皮切りに、分散型インフラ、ElevenLabsの対話型構築、Oracleのコスト削減手法、そしてRohmのGaN半導体戦略まで、AI自律化がもたらす産業構造の激変を俯瞰する。
10月2日、東京・丸の内。米Akamaiの共同創業者兼CEO、Tom Leighton博士が「Humans are no longer in the loop.(人間はもうループの中にいない)」と語った瞬間、場内の空気が変わった。かつてはAIの監視役として人間が関与する「Human in the loop」が業界標準だった。だが、その前提は崩れている。AIが自律的に業務を遂行し、人間は結果の確認のみを行う段階から、人間の介入余地が構造的に消えていく「Machine-to-Machine」の時代が、2025年以降の現在において現実のものとして迫っているのだ。
Leighton氏は、AIの発明をインターネットの発明と同等以上の影響力を持つものだと評価し、新たなAI駆動型の世界でビジネスを安全に運営するための基盤の必要性を強調した。これは単なる技術的なアップデートの話ではない。企業がAIを「使う側」から「AIと共に生き、AIに選ばれ、AIに運用させる側」へと移行せざるを得ないという、経営戦略の根本的な転換を意味している。AIが推奨されない商品は検討候補にすら入らないし、AIが処理できない業務は属人的なコストに埋もれ続ける。この二極化が、今まさに日本の企業経営を直撃している。
推論時代への転換と、分散型インフラの再評価
AIワークロードの主流が学習から推論へと切り替わる中で、求められるインフラの姿も激変している。Akamaiクラウドテクノロジー製品担当シニアバイスプレジデントのJon Alexander氏は、1990年代から2010年代を「人間中心」、2010年代から2024年を「マシンによる支援」、そして2025年以降を「マシン同士のやりとり」と定義し、AIがインターネットに根本的なアーキテクチャーの転換をもたらしたと説明した。アプリケーションがグローバル化し、いつでもリアルタイムに応答することが期待される現在、従来の集中型インフラではこの要求を満たせない。そこでAkamaiが注力しているのが、AI推論とエージェントワークロードを支える「分散型AIクラウド」の構築だ。
この戦略の裏には、巨大な経済的動機がある。Akamaiは9月末に、AI開発企業Anthropicと116億ドルの複数年契約を締結した。これは、Akamaiの分散型インフラがユーザー企業だけでなく、フロンティアAIの開発や提供企業にとっても魅力的な存在であることを示すものである。CDNからスタートし、セキュリティやコンピューティングへと事業領域を拡大してきた同社の強みは、エンドユーザーからネットワーク的に近い場所でリソースを提供できる点にある。AIエージェントやボットが増加する環境では、この「近接性」と「分散性」が、遅延を最小限に抑えつつ大量の推論処理を支えるための不可欠な要素となる。

自律エージェント時代のセキュリティ、内側から来る脅威
AIエージェントが自律的に動作する時代において、セキュリティの脅威の性質も変化している。Leighton氏は、AI時代のビジネスの保護を「外部からの攻撃から守る」ことと「社内利用のAI Agentが暴走することを防ぐ」ことの両面があると指摘した。後者、つまり内部脅威への対策として「マイクロセグメンテーション」が重要視されている。AIエージェントが業務処理やトラフィック消費の中核を担う存在となる状況を見越して、Akamaiは「Akamai Agent Security」や「AI Brand Presence」といった新たなソリューション群を準備している。
特に注目すべきは、AIエージェントが人間の操作を模倣して不正にアクセスしたり、意図しない操作を繰り返したりするリスクへの対応だ。従来のユーザー体験の向上とは異なる次元で、AIが生成するトラフィックと人間が生成するトラフィックを区別し、適切にガードレールを設ける技術が求められている。Akamaiは、アプリケーションレイヤーのファイアウォールや、AI利用のガバナンスとコントロールを軸に、AIエージェント向けのガードレールを整備している。AIが「従業員」のように振る舞う時代、その「従業員」を監視し、制御するインフラが、セキュリティの新たな最前線となるのだ。

対話で構築する、AIエージェントの未来
一方、AIエージェントの構築プロセス自体も、対話を通じて劇的に簡略化されつつある。音声AIリサーチと革新的テクノロジーのグローバルリーダーであるElevenLabsは、2026年10月6日に、企業向け音声・チャットエージェントプラットフォーム『ElevenAgents』において、対話するだけでエージェントの構築・改善ができる新機能「ElevenAgents Architect」をアルファ版で提供開始した。この機能は、チームがエージェントを立ち上げ、改善していく作業を、話したり文字を入力したりするだけで支援するエキスパート機能として設計されている。
「返金対応の解決率を上げるには?」といった一般的な問いから、根本的な原因の特定まで、一連の対話の中で進めることができる。ElevenAgents Architectは、設定可能なあらゆる項目の相互作用やベストプラクティスを理解しており、失敗したテストや問い合わせの急増など、さまざまな情報をもとに対話ログを分析し、改善すべき点を示す。提示される変更案はすでにシミュレーション環境で検証済みであり、チームの仕事は改善機会を探したり一つひとつ変更を構築したりすることではなく、何を展開するかを決めることに集中できる。これは、AIエージェントの運用が「専門家の独占」から「全社的な対話」へと移転していく過程を示している。

コストの壁を越える、推論と実行の分離
AIエージェントに仕事をこなす十分な能力があっても、実務で使うには費用が高すぎる場合がある。100万件の会計記録を処理させるような仕事では、言語モデルが1件ずつ内容を判断して処理すれば、企業が結果を待つ間にも費用が積み上がる。オラクル(Oracle)が示す答えが「Fusion Claw」だ。これは、AIエージェントに専用のコンピューティング環境を与えるOpenClawに着想を得て、顧客が定める規則と権限の範囲内で専門業務を処理できる隔離環境を提供する仕組みである。
Fusion Clawの核心は、AIによる推論と実際の処理を分離することにある。AIエージェントはまず推論によって計画を立て、実行に必要なツールを組み立てる。その後の大量処理は、入力と処理手順が同じなら同じ結果を返す「決定論的な計算処理」へ引き渡す。計算のたびに言語モデルへ問い合わせる必要をなくし、処理費用を抑える仕組みだ。オラクルのCEO、マイク・シシリアは、人々がシステムからデータを取り出して分析し、判断した後、そのシステムへ戻って行動に移すまでに費やしている時間を、AIエージェントがより多く自力でこなせるようになると説明する。AIにどこまで権限を与え、どこで人間に判断を戻すかは顧客が決める。この「分離」が、AIの経済性を大きく変える鍵となる。
自律AIを支える物理基盤、GaNの復活
AIエージェントが自律的に動き、大量の推論処理を行う時代、それを支える物理的なインフラ、すなわち電力と半導体の重要性はさらに高まっている。ロームは、AIサーバ市場への取り組みを強めており、サーバ向け事業の売上高目標を、当初の300億円から1000億円以上に上方修正している。AIサーバ向け需要は既にロームの事業に大きな影響を与えており、一部製品では生産能力が逼迫するほど需要が伸びている。電気自動車(EV)向け需要の減速を補う存在として、AIサーバ向けの伸びが期待されている。
特にAIサーバの成長が追い風となっているのがGaN(窒化ガリウム)だ。ロームはGaNの有力用途としてEVのOBC(オンボードチャージャー)を見込んできたが、EV市場の減速によってその需要の立ち上がりには遅れがある。一方、AIサーバ向けの伸びには非常に期待している。ロームはTSMCのGaNファウンドリー事業撤退決定を受け、これまで委託してきた650V GaNの内製化を進めており、浜松工場で8インチGaNラインでの量産体制を構築している。AIサーバをはじめとするGaN需要の拡大に備え、デバイス開発と生産の両面で事業基盤を強化する計画だ。AIの自律性が進むほど、その背後で電力を効率的に供給する半導体の競争は激しくなる。
市場の反応、70,000円超えの裏にある期待
こうしたAIエージェントの自律化とインフラの進化は、すでに資本市場にも反映されている。日経平均株価は、AIや半導体関連銘柄の期待感を受けて、7月以降初めて70,000円の大台を回復した。225種の日経平均株価は、前日比737.12円高の70,683.98円で終えた。台湾のHon Hai Precision Industryが堅調な9月売上高を報告し、AIインフラへの需要が強いことを示したことが、投資家心理を後押しした。
SMBCトラスト銀行の山本昌弘氏は、「AIの収益化への期待が高まっていることが、関連銘柄の買いを駆動している」と指摘する。一方で、この勢いは今週いっぱいまで続く可能性が高く、10月下旬の本決算シーズンが始まるまで、明確な取引材料が不足するかもしれないとも警告している。AIエージェントが人間をループの外へ突き出すという構造的変化は、単なるソフトウェアのアップデートではなく、電力、半導体、ネットワーク、セキュリティまで含めた産業全体の再編を意味する。この再編の波に乗り遅れないためには、今すぐ着手すべき基盤の見直しと、AIとの関係性の再定義が不可欠だ。
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