長らく現金を愛してきた日本で、支払いの風景が着実に変わりつつある。すでに消費の六割に迫るキャッシュレス決済の現状と、その先に見すえる未来を、確かな数字とともにたどる。
世界を広く見わたしてみても、日本人ほど現金を深く愛してきた国民は少ないと、長らくいわれてきた。財布には常にいくらかの札と小銭を忍ばせ、いざという時のために現金を手元に置いておく。そんな習慣が、ごく当たり前のものとして根づいていたのである。ところが近年、その支払いの風景が、静かに、しかし着実に変わりつつある。
財布から現金をわざわざ取り出すかわりに、カードを軽くかざしたり、スマートフォンの画面をさっと見せたりする。そんな新しい光景が、いまや街のいたるところで見られるようになった。今回は、この国で急速に進むキャッシュレス化の現状を、確かな数字とともにたどりながら、その先に見すえる未来をのぞいてみたい。
現金大国のゆるやかな変化
そもそも、なぜ日本ではこれほどまでに長く現金が好まれてきたのだろうか。その理由は、いくつも考えられる。偽札の圧倒的な少なさや、街のいたるところにある現金の引き出し機の便利さ。そして何より、目に見える確かな形でお金を扱うことへの、根強い安心感があったのだろう。
しかし、そうした人々の意識も、少しずつ確実に移り変わってきている。感染症の広がりをきっかけに、人との接触をできるだけ減らそうとする動きが強まったことも、大きな後押しとなった。手を触れずに支払いを済ませられる手軽さが、多くの人にあらためて見直される、大切なきっかけとなったのである。
数字が示す転換点
この変化の大きさは、具体的な数字にもきわめてはっきりとあらわれている。ある調査によれば、消費者が支払う金額のうち、現金を使わない決済が占める割合は、すでに六割近くにまで達したという。金額にしてみれば、実に百六十兆円をはるかに超えるという、途方もない規模である。
これは、ほんの十数年前には、とうてい考えられなかった水準だといえる。国もまた、この大きな流れをさらに後押ししようとしており、将来的にはこの割合を八割にまで高めることを、はっきりとした目標として掲げている。かつての現金一辺倒の社会は、もはや静かに過去のものになりつつあるのだ。
カードから、コードへ

ひとくちにキャッシュレスといっても、その中身は実にさまざまである。現在、その主役の座をしっかりと占めているのは、昔から広く使われてきたクレジットカードだ。なんと、現金を使わない支払いの八割以上が、このカードによるものだと伝えられている。まさに全体の屋台骨を支える存在といってよい。
その一方で、近年になってぐんぐんと存在感を増しているのが、コード決済と呼ばれる新しい支払いの方法だ。スマートフォンの画面に表示させた符号を読み取ってもらうだけで、支払いがあっという間に完了する。その手軽さと目新しさから、とりわけ若い世代を中心に、その利用は年々大きな広がりを見せている。
ポイントという魔法
では、これほど多くの人々をキャッシュレスへと向かわせている、いちばんの動機はいったい何だろうか。その大きな鍵をしっかりと握っているのが、支払いに応じて少しずつたまっていく、ポイントの存在である。使えば使うほど得をするというその巧みな仕組みが、多くの人の背中を強く押しているのだ。
こつこつとたまったポイントは、次の買い物にそのまま使えたり、思わぬ景品に交換できたりする。まるでちょっとした宝探しのような、わくわくする楽しさがそこにはある。この目に見える確かな見返りこそが、現金という慣れ親しんだ習慣を手放させる、静かで、しかし強力な魔法となっているのである。
これからの八割へ
もっとも、その道のりのすべてが平坦なわけではけっしてない。数多くある支払い方法が乱立してしまい、かえって分かりにくいと感じる人も少なくない。また、大きな災害などで電気や通信が止まれば使えなくなるという、現金にはない弱点も抱えている。すべての人が安心して使えるための工夫は、まだこれからの課題である。
それでも、日本の支払いの風景が、もはや後戻りのできない大きな変化のただ中にあることは、まぎれもない事実だろう。財布の中の現金が、少しずつその姿を消していくこの流れが、私たちの暮らしをこの先どう変えていくのか。目標とする八割へと向かうその着実な歩みから、しばらく目が離せそうにない。

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