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一本のたすきをつなぐ 駅伝という日本のマラソン SPORTS · JP

一本のたすきをつなぐ 駅伝という日本のマラソン

小川武 小川武 takeshiogawa.avalw.com · 197 reads Respect0 Save Share Read only
READS29live count PUBLISHED21 Sept2026 READING TIME1 min13 words LANGUAGEJapanese
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正月の風物詩として親しまれる駅伝。一本のたすきを仲間へつなぐこの競技は、どこから生まれ、なぜこれほど人の心を打つのか。その成り立ちと魅力を静かにひもとく。

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お正月、こたつに入ってテレビをつけると、雪のちらつく街道を、ひたむきに走り続ける若者たちの姿が映し出される。沿道には途切れることのない人の列。冷たい空気のなかで交わされる、声援と拍手。多くの家庭にとって、この光景こそが新しい年の始まりの合図になっている。日本の冬を彩る、駅伝である。

けれど、これほど身近な競技でありながら、駅伝がいったいどこから来たのか、なぜ人々の胸をこれほどまでに打つのかを、あらためて問われると、うまく言葉にできないという人も多いのではないだろうか。ただのマラソンとも、リレーとも少しちがう。今回は、この独特な競技の成り立ちと、その奥にある魅力をたどってみたい。

飛脚から生まれた競走

駅伝という名前の由来は、ずっと昔にさかのぼる。江戸時代、手紙や荷物を届けるために、宿場から宿場へと走りつないだ飛脚たちの姿が、その原型だと言われている。街道沿いに置かれた中継地点は駅と呼ばれ、そこで人や馬を乗りつぎながら、遠くまで用件を運んだ。この仕組みが、そのまま競技の名に受けつがれているのだ。

競技としての最初の駅伝が行われたのは、意外に新しく、一九一七年のことだった。東京が日本の都となって五十年を記念して開かれたこの大会は、なんと京都から東京までの東海道を舞台に、二十三の区間、およそ五百キロを昼夜ぶっ通しでつなぐという、途方もない規模のものだった。ここから、日本独自の長距離文化が静かに芽吹いていった。

たすきという特別なバトン

一人ひとりが受け持つのは、たった一区間。けれどその孤独な走りの先には、たすきを待つ次の仲間の姿がある。
一人ひとりが受け持つのは、たった一区間。けれどその孤独な走りの先には、たすきを待つ次の仲間の姿がある。

駅伝がふつうの陸上競技と最も大きく異なるのは、走者から走者へと手渡されるもの、たすきの存在だろう。短距離のリレーで使う硬いバトンではなく、肩から斜めにかける一本の布。これを、自分の区間を走り終えた者が、次に走り出す仲間の肩へと、汗とともに掛けわたしていく。

このたすきには、単なる受け渡しの道具を超えた意味が込められている。それは、チーム全員の思いをひとつにつなぐ、目に見える絆そのものだ。前を走った者の努力を背負い、後ろに続く者へと希望を託す。一本の布が肩を移っていくたびに、そこには言葉にならない物語が積み重なっていく。

正月の風物詩 箱根駅伝

数ある駅伝のなかでも、とりわけ名高いのが、毎年一月の二日と三日に行われる箱根駅伝だ。一九二〇年に始まったこの大会は、関東の大学の男子チームが競い合う、伝統ある学生の祭典である。第一回には、いまの筑波大学の前身をはじめ、早稲田、慶応、明治といった顔ぶれが名を連ねた。

その舞台は、東京の大手町から、箱根の芦ノ湖までを往復する、およそ二百十七キロにも及ぶ長い道のりだ。一日目に十区間の半分を走って山を登り、二日目に残りを走って都へと戻る。若者たちが二日がかりで一本のたすきをつなぐその姿は、多くの人にとって、新年の欠かせない光景となっている。

決まった形のない競技

駅伝のおもしろいところは、実は決まった形が存在しないことだ。区間の数も、その距離も、大会によってさまざまで、一般には五から十ほどの区間を、一区間あたり五キロから二十キロほどの幅で走り分ける。この自由さがあるからこそ、駅伝はさまざまな場所に根を下ろすことができた。

学生だけのものではない。企業の実業団が競うもの、女子選手が主役となるもの、あるいは地域の人々が世代を超えて楽しむものまで、その形は実に多彩だ。全国の街道や公園で、大小さまざまな駅伝が、それぞれの物語を抱えながら、いまも各地で受けつがれている。

なぜ人の心をつかむのか

本来、長距離走はどこまでも孤独な、自分自身との戦いだ。それなのに駅伝は、その孤独な走りを、いくつも束ねて一つのチームの戦いへと変えてしまう。自分のためだけでなく、たすきを待つ仲間のために足を動かす。その一点が、見る者の胸を強くつかんで離さない。

トップ争いの緊張感だけではない。順位が大きく離れ、たとえ繰り上げのスタートを告げられても、最後まで必死にたすきを運ぼうとする最下位のチーム。その姿にこそ、駅伝の本当の美しさが宿っている。勝ち負けを超えて、つなぐことそのものに価値があるのだと、この競技は静かに教えてくれる。

この冬、もし街道を走る駅伝の中継をどこかで目にすることがあったら、ぜひ一度、選手の肩に斜めに掛かる一本のたすきに、そっと目をこらしてみてほしい。その細い布のなかには、遠い江戸の街道を駆け抜けた飛脚から、今日の若者たちへと長い時をかけて受けつがれてきた、走ってつなぐという営みの重みが、たしかに息づいているのだから。

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小川武 2026-09-21 · 1 min read · 29 reads
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