H3ロケット9号機が準天頂衛星「みちびき7号機」を軌道へ送り届けた。前号機の失敗を乗り越えた打ち上げと、他国に頼らない日本独自の測位を目指す11機体制の狙いを追う。
スマートフォンの地図が、自分の現在地をほぼ正確に指し示してくれる。私たちが日々当たり前のように使っているその便利さは、はるか上空をまわる人工衛星に支えられている。二〇二六年の夏、日本はその測位のしくみを、また一歩自分たちの手で担う方向へと進めた。一機のロケットが、静かに、しかし確実にその歩みを前へ押し出したのである。
夏の早朝、種子島から
打ち上げが行われたのは、二〇二六年八月十一日の午前四時二十三分すぎのことだった。鹿児島県の種子島宇宙センターから、日本の新しい主力ロケットであるH3ロケットの九号機が、夜明け前の空へと飛び立った。搭載されていたのは、衛星測位システム「みちびき」の七号機である。リフトオフからおよそ二十九分後、衛星は予定していた軌道へ無事に投入された。
この日の機体は、固体燃料の補助ロケットを二基備えた形態で打ち上げられた。夜明け前の暗い空を、噴射の光が切り裂いていくさまは、多くの関係者にとって特別な意味を持つものだった。なぜなら、この打ち上げは、前の号機で経験した苦い失敗を乗り越えて臨んだ、いわば再起をかけた一戦でもあったからである。緊張のなかでの成功だった。
「みちびき」とは何か
そもそも「みちびき」とは、日本が独自に運用している衛星測位システムのことだ。カーナビやスマートフォンでおなじみの、アメリカが運用するGPSと互換性を持ちながら、それを補い、より高い精度の位置情報を提供する役割を担っている。日本の上空に長くとどまるような軌道をとることから、準天頂衛星という少し変わった名前で呼ばれている。
山がちで、高層ビルの多い日本の地形では、上空の低い位置にある衛星からの電波は、建物や山の斜面にさえぎられてしまいやすい。そこで、日本のほぼ真上に衛星が長くとどまるように配置することで、電波が届きにくい谷間や街なかの死角を減らし、位置情報の精度と安定性をぐんと高めようというのが、この「みちびき」の基本的な考え方なのである。まさに日本の地形に合わせた工夫だ。
11機体制という目標
今回投入された七号機は、二〇二五年二月に打ち上げられた六号機に続く配置となるものだ。政府はこの「みちびき」を、最終的に十一機の体制へと段階的に拡充していく計画を掲げている。その狙いはきわめて明確である。他国の衛星測位システムに頼ることなく、「みちびき」だけで日本の測位を安定して維持できる、いわば自前の測位を実現することにあるのだ。
位置情報は、今や地図アプリだけのものではない。自動運転や農業機械の自動化、災害時の情報伝達、物流や建設の現場など、社会のあらゆる場面で欠かせない基盤となりつつある。その根幹を他国のしくみだけに委ねるのではなく、自国でも確保しておく。十一機体制という目標の背景には、そうした安全保障ならぬ生活保障の発想がある。
8号機の失敗、その教訓

今回の成功を語るうえで、避けて通れないのが前号機の存在である。二〇二五年十二月に打ち上げられた八号機は、失敗に終わっていた。原因として挙げられたのは、衛星をロケットに固定するための搭載アダプターと呼ばれる部品に生じた損傷であった。製造の過程で生まれたわずかな不具合が、飛行中の衝撃で広がったと見られている。
この苦い教訓を受けて、九号機ではアダプターの組み立て方法が根本から見直された。当面は、以前の主力ロケットであったH2Aで長く採用されていた、ボルトでしっかりと固定する確実な方法に切り替えることとされた。失敗を丹念に分析し、実績のある確実な手法へと立ち返る。派手さはないが、その地道な検証の積み重ねこそが、宇宙開発という営みの信頼を根底から支えているのである。
宇宙開発は、一度の華々しい成功だけで成り立つものではない。失敗の原因を包み隠さず突き止め、対策を施し、次の一機へとつなげていく。その粘り強い繰り返しのなかで、ロケットは少しずつ信頼を積み上げていく。今回の九号機の成功は、まさにその過程のなかで勝ち取られた一歩であり、関係者にとっては大きな安堵をもたらす結果となったにちがいない。
この先に広がる宇宙
H3ロケットの活躍の舞台は、決して測位衛星だけにとどまるものではない。今後は、火星の衛星を探査する意欲的な計画や、宇宙ステーションへ物資を運ぶ新型の補給機、さらには民間企業が挑む月着陸船の打ち上げなどにも用いられる予定だ。低コストで柔軟に使える新しい主力ロケットとして、これからの日本の宇宙開発を長く力強く支えていくことが期待されている。
夜明け前の空に消えていった一機のロケットは、単に衛星を一つ運んだだけではない。失敗から学ぶ姿勢、他国に頼りきらない自立への意志、そしてより広い宇宙へと踏み出そうとする挑戦。そのすべてを背負って飛び立ったのだ。私たちが何気なく使う地図の一点の裏側に、これだけの物語が積み重なっていることを、忘れずにいたい。

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