日本の風景に欠かせない鳥居は、神の聖域と人間の世界との境界を示す門である。くぐることの意味、天照大御神の伝承に由来する起源、神明鳥居と明神鳥居という二つの形、そして多くが朱色である理由まで、身近な鳥居の奥深さをひもとく。
神社を訪れると、参道の入り口で必ずといってよいほど目にする、二本の柱に横木をわたした独特の門。それが鳥居である。あまりにも身近な存在であるがゆえに、私たちは日ごろその前を何気なく通り過ぎてしまいがちだが、実はそこには、深い意味と長い歴史がひっそりと込められているのだ。
鳥居は、まさに神社そのものを象徴する存在である。神社の由緒を伝える神社本庁の説明によれば、鳥居は神さまのいらっしゃる聖域と、私たち人間が日々を暮らす世界とを分ける、境界を示すものだといわれている。つまりこの門から先は神さまの領域なのだと、静かに、しかしはっきりと告げているのである。
くぐるという行為の意味
だからこそ、鳥居をくぐるという行為には、単に一つの門を通り抜けるという以上の、大切な意味がある。俗世からほんの一歩を踏み出して、神聖な場所へと足を踏み入れる、その気持ちの切り替えをうながす境目でもあるのだ。日常のさまざまな雑念を、いったん脇に置くための区切りだといえる。
そうした意味合いがあるからこそ、鳥居の前では軽く一礼をしてからくぐるのが望ましいとされている。また、参道の真ん中は神さまがお通りになる道と考えられているため、参拝する人は少し端の方を歩くのがよいともいわれる。何気ない一歩一歩にも、先人たちの細やかな心づかいが息づいているのである。
起源をめぐる伝承

では、この鳥居はいったい、どのようにして生まれたのだろうか。その起源については、実のところいくつもの説があり、はっきりとしたことは今も分かっていない。ただ、そのなかでも神社本庁が伝える一つの説として、日本の神話にまつわる、たいへん興味深い言い伝えが今日まで残されている。
それは、天照大御神が天の岩戸へとお隠れになった、あの有名な物語にちなむものである。神々が鶏を止まり木にとまらせて鳴かせたところ、その声に誘われるように大御神が岩戸からお出ましになった。これにちなんで、以後は神前に鶏の止まり木を設けるようになり、それがやがて鳥居になったと伝えられているのだ。
神明鳥居と明神鳥居
ひとくちに鳥居といっても、その形は地域や神社によって実にさまざまである。大きく分けると、神明鳥居と明神鳥居という二つの系統に分類される。このうち神明鳥居は、歴史的にもっとも古いタイプとされ、伊勢神宮などで見ることができる、直線的でとてもシンプルな姿を大きな特徴としている。
もう一方の明神鳥居は、上に乗る横柱の両端が、空へ向かってゆるやかに反り上がっているのが大きな特徴である。稲荷神社をはじめとして、全国のじつに多くの神社で見られる形だ。さらにその細部の違いを一つ一つ数えていくと、一説には六十数種類もの形態があるとまでいわれている。
なぜ朱色なのか
鳥居と聞いて、まず鮮やかな朱色を思い浮かべる人も多いことだろう。実は、あの印象的な色にも、きちんとした意味がいくつも込められている。朱色は、作物の成長に欠かせない太陽の光や、あふれる生命力を表すとともに、災いを遠ざける魔除けの色でもあると、古くから大切に考えられてきたのである。
さらに、あの朱色には、見た目の美しさだけでなく実用的な役割もあった。その原料である丹には水銀が含まれており、木材を腐りにくくする防腐剤としての効果があったのだ。神聖さの象徴であると同時に、大切な建造物を風雨から長く守るための知恵でもあった点は、たいへん興味深いといえるだろう。
暮らしに息づく鳥居
鳥居は、深い山の上や広い海の中、あるいはにぎやかな街角にまで、実にさまざまな場所にその姿を見せている。願いが通ったことへの感謝の証として次々に奉納され、無数に連なる朱色の鳥居が、まるで一本のトンネルのように参道を鮮やかに彩る光景も、日本各地で見ることができる。
こうしてあらためて見つめてみると、鳥居はただの門ではなく、日本人が育んできた信仰の心と美意識が、一つの確かな形になって表れたものだといえるだろう。次に神社を訪れる機会があれば、その鳥居をくぐる一瞬に、遠い昔から受け継がれてきた意味を、そっと思い返してみるのもよいかもしれない。

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